セーラームーン

今日録画しているセーラームーンクリスタルを見ました。
やはり、昔の絵と違い、リアルなセーラームーンの書き方になっていてびっくりしました。「うわー。今風だー。」と感動もありました。

昔は昔の良いところで、新しい絵には、新しい絵の良いところがあります。また、昔のセーラームーンのストーリーとセーラームーンクリスタルのストーリーは若干違うので、またそれも楽しみの1つです。さらに、守ちゃんこと千葉守も、大学生の設定から高校生の設定に変わっていたのもびっくりしました。

守ちゃんは、昔も今もすごくステキでした。結婚するなら守ちゃんみたいな人がいいな。
声もセーラームーン以外変わっていて新鮮な気持ちでした。

セーラームーンが大好きな私としては、セーラームーンクリスタルはかなりありだと思いました。ネットでは、昔の方がいいという意見もたくさんありましたが、セーラームーンクリスタルの良さもあり楽しかったです。

私の大好きな守ちゃんは、かなり美形になっていて嬉しかったです。昔の守ちゃんもすごくステキですが。本当に王子様みたいになっていました。

セーラームーンを見ている間は、なにもかも忘れさせてくれるので、私にとっては、何よりも大事な時間です。この時間があるから生きて行けるようなものです。

久しぶりに、何話か続けて見ることができたのですごく幸せでした。
また、生きる元気が、わきました。セーラームーンのように優しい女の子になりたいと思う今日この頃でした。

スーパームーンの思い出 ~月がとぶ~

今でこそスーパームーンが次はいつ見られるとか話題になりますが、この話はそこまでスーパームーンがニュースでも騒がれなかった頃の話です。
まだ子どもが小さかったので、月の出るような時間には家の中で過ごしているのが普通でしたが、その日は病院に通うため、いつもより遅い時間に外を歩いていました。

いつもより低い場所に、丸く大きくオレンジに光る月。
子どもに「月がきれいだね」と声をかけると、空の上のほうを見ながら「どこ?どこ??」と探しますが見つかりません。
ここだよ、と子どもの顔を両手で抑え、月の見える位置まで視線を下げさせると「ひくい~!」とケラケラ笑い出しました。

ひとしきり笑ったあと。
なんであの月はあんなに低いのか?と子どもに聞かれ、子どもにもわかるように説明をするために言葉を考えていると、「わかった」と何やらひらめいた様子。

「きっと あのつきは そらを とぶための あべんきょうを しているんだよ!」
「きっと すごい かぜが ふいたら びゅーん! って とべるのにね」

両手を飛行機のように広げ、空を飛ぶようなしぐさをするのを見て、本当のことはどうでもよくなり、そのまま月を見ながら家に帰りました。

家に帰り、お風呂に入り晩ご飯を食べて、そろそろ眠る時間となったとき、ふと先ほどの月が気になりました。
子どもに窓の外を見せると、月は晴れた夜空に高く黄色く輝いています。
「・・・とんだ!」
小さく叫んだあと、「おつきさま よかったね。そら とべたんだね」と満面の笑みを浮かべ、何度も何度も、よかったねと繰り返しながら眠りにつきました。

ガンプラ☆

《ガンプラ》いわゆる、ガンダムのプラモデルの略称です。

私自身の諸事情ですが、現在自宅療養を余儀なくされている状況であります。

ある日突然、空白の毎日が訪れてしまい、
かなりの大怪我で、精神的にもかなりまいってしまっていました。

ある日、お見舞いに来てくれた友達に貰ったのがガンプラでした。
もう何年もプラモデルなんて作っていなかったのてすが、心の片隅には《ガンダム》がずっとあったので、それを開放して、作ってみることにしました。

その箱を外から眺めるだけでも胸踊る感じで、ワクワク感は昔と何ら変わりません。

箱を開けてみて、一目でその精密さに驚かされます。
きちんと色分けで成形されているパーツ群、
ランナーの多さは昔とは段違いです。

解説書も、細やかな設定までも、かなりの情報量です。それでいて、なんともわかりやすい内容にまとまって、驚きの連続でした。

それを理解していく、それまで使ってもいなかった脳の運動が実に心地よく、確実に何かが分泌されている感じがありました。

丁寧にパーツを切り離して、ペーパーで継ぎ目を消していきます。
そのひとつひとつが形になる度に、感動してしまうほどです。

それは長い間忘れていた何かを呼び起こしてくれる心の薬になったような気がします。

ガンプラをプレゼントしてくれた友達に感謝、
そして、ガンプラが今も進化し続けていると教えてくれたガンダムです。

また新たなガンダムが世に出ましたね。

お友達との別れ。

今、娘は年長さんです。

年中で同じ組になった女の子ととても仲良くなりました。家が同じ方向なので毎日一緒に帰って、毎日幼稚園で一緒に遊び、休日も一緒に遊ぶほどの仲。

小学校まで一緒に行けると信じていた娘に突然の報告。
「あのね、3月に引っ越すことになったの。」

5歳の娘にはまだ、引っ越す、という言葉の意味があまり分かっていなかったようで、新しいお家に住むんだって!羨ましいな?!と言っていました。

どう伝えたらいいものか、悩みに悩んで、簡単には会えなくなること。でもお手紙交換は出来るし、声が聞きたくなったら電話も出来るよ、と教えてあげました。

すると、少し考えるようなそぶりをして出した返事は「いやだ。毎日会いたい。同じ小学校行きたい。」でした。

それから2ヶ月ほどは、ゆっくりゆっくり説明しながらお引越しということに対する心構えをさせる日々でした。

引越しの当日、引越し業者の人が荷物をトラックに積む間、子どもがいると邪魔になるから、と幼稚園メンバーで近くの公園で遊ぶことに。

お母さんが迎えに来たらお別れだよ、と伝えながら、私も涙が出そうになりました。
そんな事を知ってかしらずか、子どもたちは普段通りに走り回って遊ぶ遊ぶ。
楽しそうな姿を見ると、お別れも大丈夫そうだな、と安心していた頃、お友達のお母さんが迎えに来ました。

すぐに引越し先に向かうとのことだったので、お別れを言いながら涙が出てしまいました。
娘に見られないように、とすぐに涙を拭いてお友達の所に戻ると、一人号泣している子が。

うちの娘でした。

どうやら、今まで我慢して我慢して、最後まで我慢しようとしたけれど涙が溢れてきちゃった、と。

5歳の子どもがこんなに「別れが悲しい」という感情をあらわにしてワンワン泣く姿に、来ていたお母さん達も号泣。
きっとまた会おうね!約束だよ!と指切りをしてお別れしました。

初めての別れの経験。きっといい経験になったと思います。

今でもお友達とはお手紙交換をしたり、誕生日にプレゼントを送ったりしながら仲良く出来ていて、娘にとって大切なお友達の一人です。

オンラインゲームにおける倫理

インターネットが生活の中で当たり前のように存在し、幅広い年齢の人がパソコンやスマホを利用して個人レベルでオンラインの世界にアクセスできるような時代になってきました。

中でも子供から大人まで幅広く楽しめるオンラインゲームというコンテンツが勢いよく発展してきており、実際に多くのユーザーによって日々盛り上がりを見せています。

そんなオンラインゲームですが、プレイしている最中は自分はパソコンやスマホという機械と向き合っています。
ところが実際にはオンラインでプレイしているので、多くの人間と同時に遊んでいることになります。

今までの携帯ゲーム機で遊ぶ感覚でゲームをしているかのように見えますが、そうではないのです。

自分の好きなようにプレイしてばかりだと、文句を言われることもあります。
コンピュータ相手ではないので、相手をバカにするようなふざけた行動をとると、迷惑行為として通報されたりしてトラブルの原因となってしまうこともあるのです。

某オンラインゲームでは実際に迷惑行為を働いた報復としてユーザーの一部がインターネット上で個人情報を晒されたといったようなあ酷い目にあったというケースも存在します。

ゲームだからといって好き勝手して許される時代ではなくなってきているのです。
では何が大事になってくるのでしょうか。
やはり個人レベルでネット利用できてしまうため個人レベルでの需要の声が強くなってきているということをまず理解しなければなりません。

つまり人々はネット上で自分の声が反映されないと不満を感じてしまうようになりつつあるのです。

また一方でネットでは相手の表情が見えないので、自分の発言に対してどう反応されたかというのがわかりにくい環境にあります。

このように個人が要求する要素が強くなっている反面、個人への配慮のしやすさという部分が薄くなってしまっているというのがオンラインゲームの現状なのです。

オンラインゲームで遊ぶ上でこのような点を弁えておくのが何よりもまず大事なのです。これからますますネット依存の世の中になっていくでしょう。そのためにはここで挙げたことを理解し、一人一人がインターネットにおける倫理について考えることが大切であると思います。

北海道旅行

3年前の9月に主人と私は、3泊4日で北海道に行って来ました。もう9月だったので、北海道は涼しくてきっと快適なんだろうなと想像して空港に降り立ちました。

ところが、ちょうど私達が着いた日は何と気温が30℃もあって、想像を遥かに超えていて驚いてしまいました。涼しいと予測して、長袖の羽織る物を持って行きましたが結局着ることなく過ごしました。

最初は函館巡りをしました。空港近くでレンタカーを借りて、まずは函館の市場の方に行って海鮮丼を食べました。芸能人がたくさん来店されていたお店だったので、かなり期待をして行きましたがそれほどでもなくてちょっと残念に感じました。

夜は函館ラーメンを食べましたが、こちらはたまたま入ったお店でしたが、かなりクオリティーが高くてとても美味しく満足出来ました。その後、函館の夜景を見に定期観光バスに乗って行って来ました。

100万ドルの夜景とはまさにこれで、天気が良かったのでとてもきれいな夜景を堪能することが出来ました。私達が行く前日は雨だったみたいで、夜景が見られなかったようで運が良かったです。

そして、翌日からは小樽へ行きました。小樽運河を散策したり寿司通りにあるお寿司屋さんで、とても珍しくて貴重な鮭児を食べました。脂がのっていてすごく美味しく頂きました。

北海道はとても広くて、全てレンタカーで移動していましたがさすがに主人も疲れていたようです。でも、レンタカーだったのであちこちに行けて、美味しいお寿司も食べられて大満足な旅でした。また是非行きたいです。

夏休みの思い出

私は今年の夏休み実家に帰りました。私の家は朝になればリスやキツネが見れるような自然で溢れた場所にあります。

2周間ほど滞在していましたが特別どこかに出かけたりということはしていません。何をしていたかというと家の中で夏休みの宿題をしたり、実家に一緒に住んでいる家族とのんびりしたり何気ない会話を楽しんでいました。

その中でも特に印象に残っていることは普段料理をしない私の祖父が、私のために台所に立って料理をしてくれたことです。祖父は特別料理が得意というわけでもなく、したこともほとんどなかったのですがせっかくわたしが帰ってきたということで思い手作りということで作ってくれました。

献立は煮物や魚、から揚げや味噌汁など初めてだとは思えないほど立派なものでした。多少は家族が手伝っているところもありますが、祖父が慣れない包丁を使ってたぶん指を切ってしまったために指にばんそうこうをつけていました。

私のために頑張ってくれたのが伝わってきてとても嬉しかったです。私は普段から外食することが多くここ最近は家庭的な味を食べていなかったので久しぶりに食べれて良かったです。

今年のうちに長期の休みは12月頃に冬休みがあるので時間があればまた実家にかえりたいです。冬になると私の実家には雪が降り積もります。

夏休みも実家から外に出ることはなかったですが、冬休みも雪の影響で恐らく実家からは出ることはないと思います。そうなったらまた家族と思い手作りをしたいとおもいます。

田舎のおばあちゃんと柿採り

私の実家は静岡の北部にあります。
実りの秋ということで、実家には柿が真っ赤に色づいています。
今年は大豊作ということで、祖母も喜んでいました。これを無人販売で売るのだそうです。今の社会無人販売が、出来る地域などあまりないそうです。
お金をごまかして入れる人、入れるならまだしも、お金を支払わずに持って行ってしまう人もいるそうですが、私の地元は一切ありません。

『もらうよー』の一言をかけて行ってくれるお客さんがたくさんいます。こののんびりした感じが大好きです。

スーパーに売ってる柿をみると1つ120円ほどで売っていました。祖母は1㎏200円(約7個入り)で売るそうです。毎日10袋ずつ出してもすぐに売れてしまいます。

今年は結婚し、私の主人も一緒に実家に帰り、柿の収穫を手伝いました。主人は都会生まれの都会育ち、初めて柿採りをしました。

高枝切りバサミを出してきましたが、どうも調子が悪いみたいです。さてどうしようか?

近所に住む祖父の弟さんが竹を持ってきてくれて、何かを作り始めました。ナタ竹の先を割り、カニ爪の様にしました。

昔は高枝切りバサミなどないですから、みんなこうして木の枝を切っていたようです。カニ爪部分に枝を挟んで、クリッと返すと枝をだが折れるのです。

私は主人ただただ感心して、昔の人は凄いなと思いました。教えてもらい、主人も苦戦しながら柿をとっていました。

都会育ちの主人が、わーわー言いながら楽しそうでした。こんな田舎ですが、毎日が楽しく、刺激的なんです。今回は里帰りでしたが、いつか戻ってきます。待っててね!おばあちゃん。

エプロンの魔法

怠け者の私がやる気になる魔法があります。それは、エプロンを着用することです。エプロンを着ると、不思議とやる気が湧いてくるのです。

朝食の後に、エプロンを着て、ボタンや紐を結びます。すると、スッと姿勢が伸びて、やる気のスイッチが入るのです。

今日は、簡単な家事をこなしながら、ドイツ語とオランダ語の学習もしました。
時々、家事をするときにはエプロンを着用しないと、誇らしげに言う人がいます。

着ている衣服を汚さないという自信から、そのように言うのです。また、「女性は家へ」というジェンダー役割の象徴として、エプロンの着用を嫌う人もいます。

しかし、手軽な作業着という点では、エプロンほど、優れたものはないと思います。絵を描く男性たちの中にも、エプロンを使用している人がいますから、ジェンダー役割と結びつけるには、強引な論理の飛躍があります。

それに、「形から入る」というと、マイナスの意味にとられがちです。しかし、起床してから着替えるというだけでも、今日いちにちを始めようという気持ちになれます。形を整える、つまり身なりを整えるとは、気持ちを切り替えることに繋がることなのかもしれません。

さらに、エプロンを着ることによって、動きたい、なにかをしたいという気持ちになります。ですから、なかなか、やる気が出ない時には、エプロンを着るなど、着るもので、こころの状態を変えることが、大切なのかもしれません。

私にとってエプロンは、やる気を引き出してくれる、必須のアイテムです。エプロンで外出はできませんが、家の中では、エプロンのおしゃれを楽しみながら、家の仕事をしたいと思っています。

いよいよ明日から…

ここまで本当に長かったようで短かった感じがします。
いよいよ明日から人生初の入院をします。とはいっても、3,4日の話なのですが。

意見は賛否両論かもしれませんが、私は自分の初めての子供をあきらめることになりました。
たくさん悩み、たくさん涙を流しました。自分が生きている心地がしなくて、今まで普通に生活していた世界が違ってみえました。

私は子供を授かることが希望であって、ずっと生まれてくることを楽しみにしており、毎日この子一緒にいられることがなによりも幸せでした。

ですが、訳あってこの子は諦めなくてはならなくなってしまいました。
少しでもこのことを思い出すだけで涙が一瞬であふれてきます。

そんな私ですが、ここ最近少しずつではありますが気持ちを落ち着かせ、とうとう明日という日を迎えようとしています。

私には無縁の話だと思っていた今までとは違い、子供を授かるということのありがたみ、幸せを知ることができました。一生この子のことを忘れる日は死ぬまでないことでしょう。

けれど、私も立ち止まってはいられません。大切なパートナーがいて、大切な家族がいます。
今回のことをひとまず、なんとなくでいいので落ち着かせ、また1からやり直して生きていこうと思います。この子の分まで。

そして必ず、近い将来たくさんの子供に囲まれ、悩み苦しみ大変な生活の中にある幸せを築いていきたいと思います。

私と同じ思いをしている人はきっと今たくさんいて、きっと私だけではないのだと思えば、がんばれそうな気もします。
ただ、あと少しだけ泣いて、前に進んでいこうと思っています。